自分を受け入れること
2007.10.30(02:44)
小学4年生のある日。担任の先生がお休みで、隣のクラスから女の先生がやってきて、一番前の真ん中の席に座っている僕の顔を見るなり言いました。「この子、女みたいな顔してる!」
クラス中、しばし大爆笑。なにしろ僕が一番言われたくないことを他の生徒全員の前でいきなり言われたのですから、あまりにショックで、自分がその時に何を感じたかさえ思い出せません。
幼い頃から家族や親戚に同じことを何度言われたことか判りませんが、その先生のことがあって以来、余計に気にするようになりました。
おかしなもので、自分で気にすると学校でますますからかわれるようになったのです。違うクラスの男子に囲まれて、
「おい、お前! 男か? 女か?
男なら男の証明をこの場で見せてみろ!」
なんて脅されたこともありました。見せませんでしたが。
母親から顔を含めた外見のことで意地悪に思えるようなことを言われると激しくいきどおりを覚えたものです。「自分が息子をこういう風に産んでおいて、なぜこの人はそれに文句をつけるのだろう?」と理解不能でした。今考えると非常に幼い考えなんですが、子供の頃には本当にそう感じていたのです。
そんな自分の外見と和解できるようになるまでには相当長い年月が必要でした。鏡の中に気に入らないパーツがいくつもあって、できるなら取り替えたいと何度思ったことか。
この仕事をするようになって、自分があんまり男っぽくない顔であるために女性から警戒されずにすんでいるということを少しずつ感じるようになりました。20代半ば、まだ占い師として仕事をしていた頃に、女性ばかりの占いのブースに入ってもあまり違和感なく受け入れてもらえたのです。同業の男性から「男っぽい外見のために苦労している」ということを聞かされて、かなり驚いたものです。
後に友人から「トランプのジョーカー的な存在」と言われ、まさにその通りであることに気付きました。男でありながら女性ばかりの中に混じっても、なんとなく許されることが多いのです。
相談者の99パーセントが女性という仕事をする為には、僕はこういう外見で良かったんだと思えるようになり、自分でそれを受け入れられるようになってくると、確実に周りの人の反応にも変化が出てきました。少なくとも小学校の先生や同級生のようにからかう人は全くいなくなりました。
そして、これはごく最近のこと。うちの親分は僕の外見に惚れたのではなということを知りながら、僕の外見のどこが好きか念のために聞いてみると、僕がかつて一番取り替えたいと思っていたパーツが好きだと言う答えが返ってきました。
↓やった!
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