星占い&幸せのヒント「ジーニーの助けてエンジェル」

今夜友人とチャットをしていたら、ここ数日の間にとても落ち込んでしまうようなことが続けて起こったとこぼしていました。よく話を聞いてみると、特に変わったことがあったわけではないのに、いつも起こるようなことがとても意地悪な出来事に感じられて、「うつ」になっていたみたいでした。


人生には本当に妙なことが起こるものですが、その時は腹の立つような出来事であっても、後でよく考えると後に起こる重要なことのための、大事な準備であったりします。何があっても、そんな風に考えるとあんまり腹を立てたり、落ち込んだりしなくて良くなりますよ。


昔、阿佐ヶ谷という、新宿から数駅の街に住んでいたときのことです。


道端で若い男の人に声をかけられて、聞いてみると「阿佐ヶ谷の古いアパートをテレビの取材で探している」ということでした。なんだか、条件がぴったりだったので、うちまで来ていただくことになりました。


僕の部屋に入るなり、とてもがっかりした顔をされました。「きれい過ぎ」だったらしいです。


「ふすまが破れて、畳が腐った部屋を探しているんです」


そういう部屋に住んでいるような人を探して、テレビの取材の人が僕に声をかけてきたというのは、よほど僕に問題があったはずですが、なんだか失礼な話だと思って気分を害してしまいました。


数ヵ月後、その人がまったくの別件で僕にテレビに出て欲しいといって、電話をくださいました。話をきいてみると、SMAPのひとりが司会をつとめる番組に、ゲストとして出演して欲しいというのです。


「ふすまが破れたような部屋」から、SMAPとの共演。これは突然に、ものすごい飛躍です。さんざん考えて、何か使命感のようなものを感じて、出演をオーケーしました。


それからの数週間、かなり悩みました。このテレビ出演は、間違いなく僕だけでなく、周囲の人にも影響を与えることになるからです。


出演の前に、どうしても両親に許可をもらいたくなりました。実はその当時、僕は家出をして行方不明状態を続けていたもので、両親は僕がどこに住んでいるか知らなかったのです。


考えに考えて、僕は電話を取りました。すぐに母が出て、「お母さん」とひとこと言っただけで、すぐに母は僕だとわかり泣き出しました。僕も、一生分くらい号泣してしまいました。


それからすぐに両親と再会。当時付き合っていたボーイフレンドも父に紹介し、家族づきあいが復活しました。昨年母は亡くなりましたが、父と兄とは一ヶ月に一度くらいは会って食事をするようにしています。


「ふすまが破れているような部屋」が、5年ぶりに実家に電話をしたきっかけだったとは、いまだに自分でも驚いております。あの時のテレビ番組制作スタッフの若い男性のことを、時々思い出します。もし会う機会があれば、なんとお礼を申し上げて良いやら。


ちなみに、このテレビ出演のお話は、丁重にお断りいたしました。両親に電話をしたとたんに、出演する意欲が全くなくなってしまったからです。


不思議ですが、世の中本当にうまくできています! 


すべての方に、絶え間なく愛と光が届きますように。

ジーニー
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