星占い&幸せのヒント「ジーニーの助けてエンジェル」

ある年、夕暮れ時にサン・フランシスコのゴールデン・ゲート・パークを、ひとりで凍えながら友人宅に向かって歩いて帰る途中、近くを歩いていた中国系のおばあさんの独り言を耳にしました。


「ホウ・トン・ア…」



寒いなあ、というほどの意味の広東語ですが、それを耳にした瞬間、僕はこのおばあさんの孤独を感じて、胸が苦しくなるほどでした。


サン・フランシスコには大きなチャイナ・タウンがあって、広東系の移民がたくさんいます。このおばあさんは、どんな思いで故郷を離れてサン・フランシスコで暮らしているんだろう? なぜひとりで歩いていていて、これからどこに帰るんだろう? 


一瞬のうちに、そんな思いが胸にあふれてきて、僕は泣き叫びたい気持ちになりました。


こんな風に、どうってことのない言葉でも、一生忘れられない言葉がいくつかあります。言葉そのものではなく、その時の自分の状況が、それを特別なものにしてくれているようです。


言葉のあんまり通じないようなところに行っても、見知らぬ人とふと気持ちが通じ合う瞬間があって、小さなことでもそれは僕にとって、いつも貴重な体験になります。


香港に暮らし始めて数週間目の頃に、面白いことがありました。地下鉄の中で、隣に座った香港人のおじさんと、僕のはいていたサンダルがまったく同じものだったのです。ふたりで足元を見比べて、なんだか嬉しくて一緒に笑ってしまいました。


その当時僕は、まだ広東語はまったく聞き取れなくて、「雲呑麺を一杯ください」くらいしか言えませんでしたが、不思議なことにその時におじさんの言ったことが、気持ちでわかったのです。


「どこで買って、いくらしたの?」



いかにも、香港人の聞いてきそうな質問です。僕は英語で、おじさんは広東語で少し会話をしました。おじさんは九龍側で安く買い、僕は香港島の方で買ったので高くついたことがわかり、ふたりで納得しました。


また、香港ではこんなこともありました。離島に遊びに行ったときのこと。島のおじいさんが庭の植木を手入れしている姿を見かけて、うつくしい芙蓉の花に感激しました。


とりあえず知っている言葉だった「ホウ・レン!(きれいですね)」と言ったら、おじいさんは嬉しそうに、「これは私が種からまいて育てたんだよ!」と教えてくれました。その時も、何故自分がその言葉を理解できたのか不思議ですが、気持ちが通じ合うとこんなことが度々起きるようです。


人が知り合って仲良くなるときには、そこに何かしら「共感」のようなものが存在することが多いものです。それが、「寒いね」という哀しみであっても、「きれいだね」とか「おいしいね」という感激であってもいいのです。


自分と相手が同じ気持ちになることができれば、とりあえずそのひと時だけでも、お互いに「仲間なんだなあ」と感じられるものです。そして、そんな良い体験を何度か繰り返すことで、人は仲良くなれるんじゃないかと思います。


世界中どこに行っても、どんなに言葉や文化が違うように感じられても、人間同士である限り、それほど違いはないのではないでしょうか。


もしもあなたが現在、孤独を感じているとしたら、同じように孤独を感じている人もたくさんいることに気づいてください。相手は、あなたが話しかけてくれるのを待っているのかもしれません。


どんなことでもいいのです。お互い人間同士である以上、同じ気持ちになれることは、いくらでも見つかるはずなのですから。


すべての方に、絶え間なく愛と光が届きますように。

ジーニー
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